無印良品の家と暮らす

ピクニック

文 / 渡邉高章
映像 / 渡邉高章
写真 / こだかさり
出演 / 舟見和利 星能豊 小林美萌 松井美帆

ピクニック

クニック

私たちの行いや振る舞いが全てピクニックで代替できるほど、ピクニックという言葉は類稀なる響きを持っています。

“私今度の日曜日に単身ピクニックに行ってくるから”
“あたしこの間むしゃくしゃしてピクニックしてきたのよ”
“あなたもしかして私に内緒でピクニック隠してなあい?”

古今東西、過去から未来へおそらくピクニックは何の進化も遂げられず、いえ、元々の完成形を持って私たちの拠り所となってきたのです。

ピクニック

て、ここに母親の柵から逃げる少年がおりました。

そうかといって、母親が嫌いなわけではありません。子供時分に誰にでも経験がある、幼い妹がニコニコしてついてくると背骨のあたりが急にゾクゾクして何だか今すぐ逃げたくなるような、あんな感じです。だから、少年は母親から逃げてもいつか大人しく捕まってあげて素直に籠の中に入ろうと思っています。母親は母親で、あの手この手で早々に捕まえられるなら面倒は小さいと考えているので、母親の息のかかった信用のおける召使いの男と女に少年を探させました。便宜上彼らの名前はジャンとジャクリーヌとしておきましょう。

ジャクリーヌは少年がまだ幼い頃から相手をしてきたので、少年が川沿いの桜並木に隠れているのは容易に想像がつきました。後は両岸合わせて一千本並んだ桜の木の何処に隠れているか、ジャンに探させればいいことでした。ジャンは桜の木に住んでいる毛虫が大嫌いなので最初本当に嫌な顔を見せましたが、前に少年が遊んでいるのを見て欲しがっていた、棒を手で振るとロール状の紙がビヨーンと伸びる子供の玩具(商品名をカメレオンペーパーヨーヨーというそうです)を貰って素直に首を立てに振ったのでした。それからのジャンの努力は省略しますが、ジャクリーヌはジャンの腹から絞り出したような大きな笑い声を聞いて、ジャンが少年を見つけたことを知ったのでした。

ピクニック

年は身体を縮こませて隠れているというわけではなく、

オヒシバ草を噛みながら太い枝に凭れている姿は恰もハックルベリーフィンの冒険のようにも見えて癪に触るほど堂々たる格好でした。少年はジャクリーヌとジャンが現れたことに気付いても知らぬふりで、五分咲きの白い花弁に手のひらをそっと触れるなどいかにも大人びた感じを演出するあたり、さらに口を斜めに結んでオヒシバ草をつんと上に向けた仕草がさらにジャンを笑わせるのでした。するとジャクリーヌは頰が緩みっぱなしのジャンの顔にとうとう耐えきれなくなって、ついにジャンの尻を蹴り上げたのでした。ジャンは倒れはしなかったものの大いに驚いて、ジャクリーヌの恐ろしさを漸く思い出し、少年に早く降りてこいと繰り返し手招きしましたが、少年はさもうるさそうな顔を見せて上に登ろうとするのでした。体勢を変えようとした途端一瞬片足を踏み外した少年は、青褪めた顔で二人を順番に見ました。それを見たジャクリーヌは、こちらは真っ赤な顔で、少年に向かって目一杯高く広げた両腕で早く降りてこいとやるのでした。ジャンはジャクリーヌの大袈裟なやり方を見て笑いを堪えていましたが、ジャクリーヌは少年が心配でたまらなかったのでジャンのことなど構ってられません。少年に何かあったら、いや、そんなことあってはならぬのです。

少年はジャクリーヌの必死の形相を見て、自分の身に何か起こったら一番大変なのはジャクリーヌであると察してか、素直に降りてきましたが、ジャンは先ほどまでと打って変わった少年の残念そうな顔のどこが面白いのか状況も弁えず抱腹絶倒になるのでした。次の瞬間ジャンの尻がさきほどより高く蹴り上がったのは言うまでもありません。ジャクリーヌがジャンに説教をしている間、黙って待っている少年であろうはずもなく、倒れていた自転車を拾って三角乗りで逃げるのでした。一時は少年の姿を見失ってしまいましたが、ジャンがカメレオンペーパーヨーヨーを伸ばして少年の後ろ姿をとらえたが早いかジャクリーヌはすぐに駆け出しました。

らの追いかけっこはまるでサイレント映画のコマ送りのような滑稽さで、

絶妙な距離間を保ちながら土手を走り、橋を渡り、畦道を通り、ジャンとジャクリーヌが中洲に倒れた少年の自転車を見つけた時にはもうへとへとになって膝小僧に両手をついて身体を支えるのが漸とでした。群生した菜の花はジャンの背丈とあまり変わらず、見渡しても少年の姿を見つけられずジャクリーヌは非常に焦りましたが、すぐそばから少年と母親の会話が聞こえてくるのでした。

“ピクニックしたら二人とまた遊んでいいよね”
“もう十分遊んだでしょ。彼らの身になって考えてごらんなさい”
“ピクニックしてただけだよ”
“あなたは一生知り得ないでしょうが、あなたと一緒に過ごすのはとっても大変なお仕事なのです”
“僕はもっとピクニックしたいだけなのになあ”

ジャンとジャクリーヌは自分たちの仕事がやっと終わったことを理解して、ジャンは引き続き少年と遊べることを期待しましたがそれも叶わず、夏休みの浮き輪のように身体から空気がゆっくりと抜けてへなへなと萎んでいくのを感じ始めた時は最後、意識が再び接続するまで空っぽになるのでした。ちなみに、ジャンの意識の最後の方にあったのは、そういえば桜の木に例の毛虫がいなかった、ということでした。

ピクニック

年と母親は菜の花畑の隙間に敷かれたレジャーシートの上で

行儀良く正座をしているのでした。二人の間にある、覗き込んだ重箱の中身はおむすびでも卵焼きでも唐揚げでもなく、少年の小指くらいの小さな人形でした。(実際母親が用意したお昼のサンドイッチは別の箱に用意してあるということでした。)人形は五、六体仰向けに倒れていて、それはジャンのようでもジャクリーヌのようでもありました。耳の黒いビーグル犬もありました。タキシードを着た英国紳士風な男や白い顎髭を蓄えたオーバーオールの中年男、白いドレスを着た黄色い髪の女の人の姿もありました。母親は何も言いませんでした。少年はもうこれ以上お願いするのは諦めて、もう一度人形たちを覗き込みました。少年にはまるで彼らは頼もしい家来のように見えましたし、かけがえの無い親友のようにも思えました。上空に太陽の姿は見えませんでしたが青空が広がり、ぽっかり浮かんだ白い雲の上で過ごしているようなふわふわした心地がしたものでした。とても気持ちの良い天気でした。

information

渡邉高章監督作品情報

Web限定ドラマ「あかりのむこう」
Chemical Volume(ケミカルボリューム)の音楽にインスパイアーされて制作したWEB限定ドラマが公開中

出演:鈴木友梨耶、幸田尚子、小林ゆう(声)、垂木勉(声)、辻川慶治、才川コージ、チィキィパレード、小木茂光(特別出演)
監督・脚本:渡邉高章
音楽:Chemical Volume(ケミカルボリューム)
音楽監修:原朋信(シュガーフィールズ)
脚本協力:上田誠(ヨーロッパ企画)
ロゴムービー:古川本舗
ロケ地:カフェオレーべル

▽Story
高校生の橘灯(18・女)は、女子高生らしい青春にも温かな家族の団欒にも無縁な寂しい毎日を送っていた。
ある日、部屋の片隅に置かれていたギターの弦がぷつりと切れたのをきっかけに、灯は家を飛び出した。
行くあても無く辿り着いたその先は、伯父橘壱台(46・男)の音楽スタジオ。そこには壱台の弟子、汀真琴(36・女)がいた。灯は真琴に気に入られ、住み込みで音楽スタジオを手伝うことになる・・。
突然始まった新しい生活、楽器や機材と話すことが出来る不思議な能力を身につけた灯は、スタジオに集まるミュージシャンたちの歌と人生に寄り添いながら、日々刺激を受け成長していく。
彼らとの出会いと別れを経て、いつのまにか灯の中に歌を作りたいという思いが芽生えるのだった。

Web限定ドラマ「あかりのむこう」